
ホール中央の花道を歩く異形の若者たち。しかしこれはファッションショーでもなければ学祭でもない、れっきとした高校の卒業式なのだ。飯能市の山中にある自由の森学園である。思えば2年半前、息子を編入させて初めて見に行ったイベントで、自由奔放な校風と素晴らしい合唱にノックアウトされた俺だった。その後何度か訪れこの学園の行事にももう馴れたはずだったのだが…最後にまたやられた。
6時間もの長丁場のイベントはさすがに疲れたし、だらだら続く十代の心情吐露や涙の語りは、アスペルガーの俺には正直辛い部分もあった。しかし自分の中学・高校・大学の卒業時と比べて、こちらの方がだんぜん素晴らしいと思う。学校名通りの『自由』はもちろんだが、それよりも卒業生間、在校生と、そして担任教師との、温かいを通り越して熱いほどの連帯感とこの学校への愛情が感じられたからだ。
進学・就職に何もプラスにならなくても、学業で何の進歩も得られなくても(いや授業はレベル高いらしいが出席しなきゃね)、こういう気持ちになれる体験の方が人生にとってよほど有意義だと俺は思う。そして最初に見学したときと同じ感想『この学校が変なのではない、むしろ普通の学校のあり方が変なのだ』という意を強くしたね。
自由の森学園のHPはコチラ※以上に同意を感じた方は詳細レポートへどうぞ。
(1)卒業生入場は仮装行列。お前らバカ?! 会場を縦断する花道を通って入場してくる卒業生のいでたちときたら! フォーマルもいればジャージもいる。仮装パーティーのような扮装もある。ウエディングドレスの花嫁姿の男、迷彩服にヘルメットの兵士、何考えとんだ。女子はあでやかにドレスや振り袖。スパンコールのビキニには鼻血出そう。真っ赤な髪のビーバー人形さん、なんて可愛い! まあ制服がない学校だからめいめい好きな服装でキメて来たのだろうが、正直ここまでアホとは、いや失礼ここまで幅があるとは思っていなかった(ちなみに俺の息子は紋付き袴に長刀持って弁慶風)。
(2)卒業証書授与は『自由』のパフォーマンス 会場中央に校長が背を向けて立ち、卒業生がひとりづつ正面から花道を歩いてくる。卒業生の一挙一動が丸見えで良い。ここでもパフォーマンスをかます者が多いのだがきりがないので省く。感心したのは登壇した卒業生に向って生徒席のあちっこちから「コージッ!」とか「ゆきえっ!」とか声援がしかも例外なくかかるとこだ。フォーマル志向の生徒とおちゃらけ志向の生徒が争ったり腐ったりする様子が見られない。「お前ら卒業式ぐらい真面目にやれよ」とか「お前はサラリーマンかよ、ケッ犬が!」とならんか。「なんで普段着のノーメイクなの?信じられない!」とか「まるでキャバクラ嬢、やめてよ」とかピリピリするはずだろう。ところがそれぞれが自分なりのパフォーマンスを堂々とやり、それに暖かい声援が飛び交うのだ。『自由を重んじるなら他人の自由を尊重する』という原則が浸透しているのだと思う。校長に「あなたに祝ってほしくないから」と証書受け取りを拒否した女子もいたもんね。いやあ凛々しく美しかったねえ。それに俺のタイプだし(誰も聞いてないか)。
(3)担任にプレゼント?俺ならウ●コだったろうよ めいめいのパフォーマンスも時間かかるけど、もっと時間かかるのがクラスごとの担任と生徒の交歓挨拶。なかなか感動的なシーンや言葉も多いけど、7クラスあるからなかなかだ。それにしても生徒と教師の仲の良さはすごいね。俺なんて中学高校の担任に記念のプレゼントなんてぜーったいにやらんね。箱開けたらウンコ飛びだすしかけでもしたいぐらいだったもん。どっちがどうなのかははっきり言ってわからないけども。
(4)送辞・答辞、なんてもんじゃなかった『十代しゃべり場』 ここまでで3時半。校長の挨拶(自由は与えられるものではなく自分で闘い取るもの…云々)はともかく普通の長さだったので、『在校生のことば』『卒業生のことば』も普通の送辞と答辞だと思い、あと一時間もかからんな、とホッとしていた。ところがぎっちょんこれが大間違い。どっちも総代なんていないんだよ!誰でも出てきて言いたいことを言えと司会者(ちなみにここでは行事ごとに生徒の実行委員会が運営するので司会も在校生だ)が言うんだ。「そんなん、誰も出んかったらどないすんねん」と陰湿な風土の田舎で育った俺は心配したんだ。とんでもない。それぞれ30人ぐらい登壇しただろうか。それもちゃんと準備した原稿を読むのではなく思いを語るので間があいたりつかえたり泣き出したりで、長いの濃いの。
「俺はね、あんまりこういう場所に積極的に参加してこなかったから、こういうところで話すのも初めてで…すっごい緊張してるんだけど…」
(がんばれー!と掛け声)
「要するに、ネクラだったんだよ。だけど本当はもっとみんなと話したかったし、もう最後だから言わなきゃと思って…ありがとうって…」
てな感じで次々と、まだまだ出てくるのを途中で遮っていたものなあ。はっきり言って俺はこういう『しんけん十代しゃべり場』は苦手だ。自分がしゃべるのでも人のしゃべりを聞くのでも、事前に準備したシナリオにそって演技する、漫談や講談の方がダンゼン好きだね。しかしこれだけの生徒が臆することもなく出てきて思いを語る、その積極性と正直さにはただただ驚くしかない。俺が出たT姫高校ではありえないね(少なくとも30年前は)。
(5)ケサラ・ケサラ そしてもう日が暮れるころになってシメの合唱。ここの合唱はいわく言い難い良さがある。合唱部員ではなく全員で歌うにしては意外な上手さ、何よりしかたなしに小声で合わせる普通の学校の校歌斉唱に比べて、ほとんどの生徒がマジに声を張り上げて本気で歌う迫力。これはロックやパンク、あるいは民謡の良さですよ。
最後は“ケサラ”。この学校には校歌も校章もないんだけれども、行事の最後に決まって歌われるのはこれだ。おっさん顔の生徒が泣いている。ピアスをしたおしゃれな兄ちゃんが泣いている。何人も何人も、涙をこらえきれずにそれでも声を張り上げて、顔をくしゃくしゃにしながら歌い上げるのだ。
♪ ケサラ ケサラ ケサラ 僕たちの人生は
平和と自由を求めて 生きて行けばいいのさ
ケサラ ケサラ ケサラ … ♪
「クサっ!ありえねー!」と思うだろう。でも俺にはお前らの(少なくとも息子の)涙がわかる気がした。ここへ来るまでの苦しみ、ここへ来て得た希望、学園生活の楽しかったことや辛かったこと、将来への不安… もう皆といっしょにケサラ歌うのはこれが最後なんだろうなあ。そう思いながら俺もいつしか歌っていた。不覚にも目頭が熱くなっちまった。親の情なんかじゃねー。たぶん俺もお前らと同じ人種なんだろう。
ウチのバカが世話になったね。みんな、達者でな。
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公式HPに良い写真があったので転載させてもらった。これは最後の合唱だね。
…とは言うものの、実はウチの息子はまだ卒業証書もらえてないんだよね。なら泣くなよな!っていうシマラナイ話。
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